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ヒヨドリ

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DSC02081卵2個ひよどり7月12
 DSC02088ひよどり7月12日抱卵 P1000185抱卵7月14日
7月12日卵が2個見える 7月12日抱卵    7月14日
P10002371番7月19日親鳥が餌 P1000335、7月23日親鳥が餌を P1000351雛4匹
7月19日餌をあげる 7月23日     7月23日雛4匹
P1000366雛が大きくなるブロ P1000370雛がいなくなったブ P1000375.jpg
7月26日大きくなった 28日巣だった! 28日雛の別れのあいさつ?
平成23年4月13日鳩の新居が完 
ちなみに鳩の巣!

ひよどり

今年のうちの庭は、出産ラッシュです☀。鳩が2羽巣だったばかりなのに、ヒヨドリも別の木に巣をつくっていました♪♫♩。一般的に弱い鳥はカラスやヘビ等から雛を盗られないように、ツバメを筆頭として人間のすぐ近くに巣を作ることが多いようです。ヒヨドリは十数年前に一度巣をつくって雛が育ちましたが、その木が台風で倒れたので全然来なくなっていました。久々に来てくれたので非常に嬉しかったです。キィーキィーと甲高い声で鳴いていたので、どこかに巣を作っているのではないかと探していたら712日にやっと見つけることができました。ちょうど2階の窓から見える所で観察するにはもってこいの所です。カメラの望遠で見ると卵が二つ見えました。実際は4個あったのですが、カメラでは下の二つは見えなかったようです。719日には雛が孵っていて4匹もいます♠。4匹もいるので、親鳥はせっせと餌を運んでいます。雛は親鳥がいなくても、餌をくれといつも口をあけています、まだ目が見えないのかそれとも本能的な動作なのか分かりません?雛の成長は早く26日には結構大きくなっています。28日の朝に巣を見るといなくなっていたので、少し寂しくなりました。28日の昼ごろキィーキィーと弱弱しい声がするので外を見るとベランダに雛が止まっていたので、すぐカメラを取りに行き近くで撮影しました。逃げる様子も無く、最後の挨拶をしに来てくれたのかもしれません。

 鳩の巣は雑であばら家なのに、ヒヨドリの巣は綺麗に丁寧に作っています。巣の作り方にも、性格が表れるかもしれませんが鳩はおっとりとしていますのであばら家です。それに対してヒヨドリは鳴き声のように気が強く、時にはカラスにも反撃するそうです。ヒヨドリは、性格に加えて4個も卵を産んで育てるので雛が落ちないようにしっかりと巣を作るのでしょう。ヒヨドリさんよ、また来年も来てくれ♥♦!鳩は人間と一緒でいつでも子育てできるので今年の秋にはまた来訪するかもしれませんが?













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Category: ヒヨドリ

小倉祇園太鼓と着物

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P1000268井筒屋からガラス越 fk5_13祇園太鼓競演会 P1000252羽織小倉城1番良い
井筒屋から見た小倉城 太鼓競演大会     麻の長着に紗の羽織
P1000274井筒屋前1ブログ用 P1000314子供太鼓 P1000315馬借町ブログ用
井筒屋前           子供太鼓          馬借町、天狗の像
P1000324末広ブログ用 P1000284住吉町 P1000297着流し1番ブログ用
末広町            住吉町           着流し

小倉祇園太鼓

小倉祇園太鼓(こくらぎおんだいこ)は福岡県北九州市小倉北区で行なわれる祭りです。小倉城内に鎮座している八坂神社例大祭で、毎年7月に行なわれます。1618元和4年)にはじまった古い祭で、約390年の歴史があります。福岡県内では博多祇園山笠戸畑祇園大山笠と共に福岡県の三大祇園祭と呼ばれることもあります。 この小倉祇園祭で叩かれる太鼓の音は、「天下泰平」「国土安泰」「五穀豊穣」「商売繁盛」「家内安全」の祈願を込めて行われており、毎年約30万人もの観客が全国各地から小倉の街を訪れます。

1.歴史

1602慶長7年) - 細川忠興小倉城築城開始

1617元和3年) - 小倉藩総鎮守として祇園社(現:八坂神社)を創建。

1618元和4年) - 京都出身の細川忠興により、京都の祇園祭を取り入れ小倉祇園が始められた。元々は京都祇園祭が原型の、飾り付けをした山車が用いられていた。

明治時代以降、現在の太鼓を打ち鳴らす祭りへと変化した。

2.太鼓の打ち方

・「じゃんがら」と呼ばれるスリ鉦でリズムをとり、「カン」と呼ばれる派手な打ち手と「ドロ」と呼ばれる基本の打ち手で太鼓の両面を鳴らす。

・掛け声は「やっさやれやれ」。

・また、子供会などが運営する山車では、太鼓と同時に次の小倉祇園ばやしがうたわれる

3.平成24年度日程

6月29日(金曜日)  山鉾すす払い
7
1日 (日曜日)  打ち初め式 
7
20日(金曜日)  宵祇園
7
21日(土曜日)  平松御神輿祭/おもてなし太鼓

小倉城での太鼓競演大会
7
22日(日曜日) 小倉城での据え太鼓競演会

太鼓広場での廻り祇園


22日の廻り祇園に行ってきました。観光客も多く混雑していました。浴衣姿の若い男女も多く、デニム・Tシャツ等よりはるかに似合っていて少し上品に見えるのは民族衣装の力でしょうか
白人女性も浴衣を着た人がいましたが、良く似合っていました。やっぱり浴衣や着物は女性を綺麗にお淑やかに見せてくれるようです

 小倉城の美しさは完璧です、それに対して周りのビル群とくに隣のビルのデザイン性の無さと美意識の欠如は嘆かわしい限りです。もう少し後世に残るような建物を建てて欲しいものです。

 今回の自分の着物は麻の着物に羅の帯を締め紗の羽織を羽織っています。仕上げはパナマハットです。夜は羽織と帽子を脱ぎ、着流しにしています。

 

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Category: 小倉祇園

博多山笠と着物

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P1000160櫛田神社本殿ブログ P1000149千代流れ表1番ブログ P1000144.jpg  
櫛田神社本殿   今年の1番山笠千代流    羽織袴 

 P1000159櫛田神社表ブログ用 P1000153走る山笠七福神ブロ P1000163子供山笠競争ブログ 
櫛田神社の飾り山 走る山笠   境内の清道での子供山笠の競争
P1000180子供山笠川端通りを P10001974番大黒流れブログ P1000201.jpg
川端商店街を走る子供山笠 4番大黒流    6番中洲流 、独眼竜政宗
P1000205.jpg P10002108番上川端流れブロ P1000217.jpg 
7番西流      8番上川端通、走る飾り山笠 鎮めの能

博多山笠

博多山笠は、飾り山と最後の日に行われる追い山くらいしか知りませんでしたが、今回調べてみると色々な行事が行われているのを知りました。山笠は

『博多祇園山笠の起源には諸説がある。櫛田神社の社伝によると、祭神の一つ祇園大神(素盞嗚命)を勧請したのが天慶四(941)年。すでに都(京都)では現在の祇園祭につながる御霊会が行われており、勧請間もなく始まったという説。また、文献的初見である「九州軍記」に基づいて永享四(1432)年起源説もある。諸説がある中で、博多祇園山笠振興会は一般に広く知られている聖一国師が仁治二(1241)年、疫病除去のため施餓鬼棚に乗って祈祷水(甘露水)をまいたのが始まりという説を取っている。当時は神仏混淆の時代。これが災厄除去の祇園信仰と結びついて山笠神事として発展したというのだ。この1241年を起源として、2011年の本年は丁度770回目の記念すべき開催となる。時代は鎌倉、室町から戦国時代。博多の町は大陸貿易の基地として栄え、それが故に戦国大名、豪族の争奪の場となって焼け野が原と化した。その復興を命じたのが豊臣秀吉で、「太閤町割り」「博多町割り」と呼ばれる。その間、博多山笠も隆盛、衰退を繰り返したに違いない。山笠は、古くは高さ15メートル前後のものをゆっくりと舁いていたが、「櫛田社鑑」によると、貞享四(1687)年正月、竪町(恵比須流)に嫁いだ土居町(土居流)の花嫁が、花婿ともども里帰りしたところ、土居町の若者が余興として花婿に桶をかぶせるなどしたため、竪町の若者が怒って押しかけて一触即発に。この場は何とか収まったが、夏のお祭りの際、恨みが残っていた恵比須流が昼飯を食べていた土居流を追い越そうと走り出し、土居流も負けてはならじと走り、これが評判を呼び、「追い山」に発展したという。明治維新後も何度かの危機を乗り越えて現在の博多祇園山笠がある。

飾り山笠は、71日から15日の午前0時まで福博の町、14ヶ所で公開される。櫛田神社に向いた面を「表」とし、その裏側を「見送り」と呼ぶ。それぞれ 博多人形師による絢爛豪華な人形が飾られ、「表」には武者物、「見送り」には童話やテレビアニメが題材になることが多い。以前は高さが156メートルあった山笠を舁いていたが、明治時代に電気の普及による電線の敷設のために実際に動く「舁き山笠」と展示用の「飾り山笠」に分化した。現在の「飾り山笠」は10メートル前後の高さである。
現在は上川端通の飾り山笠のみが「走る飾り山笠」として追い山ならしや追い山で「櫛田入り」を奉納している。』
だそうです。

今回は追い山が日曜日だったので、ものすごい人出でした。15日午前4時59分。太鼓の合図に1番山笠・千代流れが櫛田神社の境内に入って「博多祝い唄」を歌い上げ、その後5分毎に他の流れも須崎町まで全コース5キロを走り抜けます。最も速かったのは東流れで29分2秒です。その後、櫛田神社の境内で鎮めの能が行われました。やっぱり山笠を一番楽しんでいるのは、観光客ではなく当事者達のようです。

 今回の着物は5月28日の着物に絽の袴を穿きました。羽織袴は日本男子を最もカッコよくまた上品に見せてくれます。

 

 

テーマ: 福岡 | ジャンル: 地域情報

Category: 博多山笠

鳩も東日本大震災に負けず!

 
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平成23年4月13日鳩の新居が完 平成23年4月23日鳩の産卵2  卵を温めて11日目2011,4,25 
平成23年4月13日新居 4月 23日 卵2個        4月25日抱卵
鳩が居なくなった2011,6,1  鳩が居なくなった2011、6,1 平成24年6月12日抱卵開始
平成23年6月1日 夫婦仲良く                               平成24年6月2日抱卵 
 平成24年6月30日だいぶ成長 平成24年7月2日大きくなった P1000107ブログ用
 6月30日雛少し大きくなる   雛の成長        7月3日  巣を出る

鳩も東日本大震災に負けず!

鳩が平成23221日から庭の木に巣をかけて卵を温め始めていました順調に雛も孵っていたようですが、東日本大震災のあった311日に急に親鳩が居なくなりました。次の朝、巣の下を見ると雛の死骸が2つあり、もうすぐ巣立ちできる状態だったので非常に残念でした。鳩は遠く離れた北九州でも大震災の異変を感じたのかもしれません。1995117日に起きた阪神・淡路大震災では、犬が異常に泣いたり騒いだり、猫がいなくなったり、鳩が騒ぎながら方向感覚を失ったように飛んでいたりする姿が目撃されています。鳩は地球の地磁気を感知する能力があるそうなので、地震による磁気の変化で混乱して雛を落としたのかもしれません。

 しかし鳩もさる者で、今度は場所を変えて巣作りを始め平成23414日に卵1個、423日には2個になり温め始めました鳩は栄養状態が良ければ人間と一緒で、年中子育てができるそうです。楽しみに観察していたのですが、25日まで温めていたのが突然次の日から居なくなりました。次の朝巣の下を探すと卵が2個落ちていました。どうやら無精卵だったようで、中々うまくいかないものです☹。その後、メス鳩は時々来ていましたが、61日に夫婦そろって来て塀の上にとまっていました♥♥オスがメスを慰めているようにも見えます。614日にも鳩が来ていたので、また巣作りかと思いましたがそれ以降は鳩の来訪はありませんでした。

 年が変わってほぼ1年後、平成2462になって最初の木にまた巣作りをして卵を温めだしました。625日には雛が2匹いるのが確認できました巣の下にウンチがたくさん落ちて掃除が大変です。雛は順調に育ち73日には、巣から離れて木に止まっていましたが夜には居なくなっていました今度はうまく育ったようです、メデタシ、目出度し☺☀☀

 

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Category: 鳩の超能力

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