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直方チューリップフェアー

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左右の川は遠賀川      「のおがた」と花文字
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 二人仲良く         13万本のチューリップ    見晴らし台の上から
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ムスカリとチューリップ    黄                  白

「のおがたチューリップフェア」

桜の次はチューリップの季節です。福岡県直方市のチューリップフェアに行ってきました。

平成4年、直方オートキャンプ場の環境美化のために市民ボランティアの手で1万球を植えたのがチューリップフェアの始まりです。
その後、年を追うごとに3万球(平成5)10万球(平成7)とその数は増え、平成8年の「直方市花の都市宣言」に合わせて河川敷に20万球を定植し、平成9年に第1回目の「のおがたチューリップフェア」が開催されました。

直方市役所前の遠賀川河川敷が一面チューリップで彩られる直方の名物イベント。世界の珍しい品種ほか、3713万本のチューリップが訪れる人を出迎えます。

P1040249単衣長着、錦紗羽織 IMG本の表紙ブログ用 P1040115ブログ用
単衣の着物に袷の羽織。本の表紙。たったこれだけでも300本弱あります。

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Category: 直方チューリップフェアー

日本男子よ着物を着よう!

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11ページ右龍羽織、夏大島   着物パーティ―ブログ用   P1020505紫羽織ブログ用 
女性の長着を羽織に 作り変えた。着物パーティ。   帽子を被る。
34ページ上丈が短いブログ用 丈2ブログ用 草履 羽織紐ブログ用
丈が短すぎる!      丁度良い丈。羽織紐が大きすぎて、黒足袋が重たい!
IMG本の表紙ブログ用 IMG_0001本の裏ブログ用
本の表紙       本の裏
   「日本男子よ着物を着よう!」

 6月に出版する本の校正で忙しく、ブログを更新出来ないのが残念です。本の名前は
日本男子よ、着物を着よう!です。約180ページで税込1,500円です。男の着物は、

「裏勝り」や「粋」等に代表されるような江戸幕府の奢侈禁止令以後の偏った考えに支配されています。禁止令以前は男も女性に負けず劣らず飾り立てていました。そう孔雀のように

 本書は奢侈禁止令以前の着方も取り入れて、「お洒落」や「モダン」な平成の着方を提案しています。着物を着る場合に、特に注意しないといけないのが下記の3点です。

  1.裄は少し短くても良いが、丈が短くないことです。浴衣は短く着る場合もありますが、正絹の着物は短かったらおかしいです。足袋が上まで全部見えたり、くるぶしが見えたら短すぎます。

  2.足袋は靴下と違って丸見えなので、足袋の色や形で野暮ったくなりやすいので十分吟味することが重要です。綿の着物や黒っぽい正絹の着物の場合を除いて、紺や黒の足袋は色的に重たいので基本的にははかない方が良いと思います。足袋は目立ったらおかしいので、長着と同じような色又は白の足袋をはいて草履に移行させるのが良いです。

    黒足袋と藁の草履の組合せは、足袋(足形)が目立ちすぎて最悪です。

  3.羽織紐も自分や着物以上に目立ったらおかしいので、小さくてお洒落なものを使った方が良いです。大きな房は少し切って小さくした方が良いかもしれません。とくに羽織・長着の場合に、大きな羽織紐を使うとバランスが悪くなります。無双等が良く合います。羽織袴の場合は、S環は使わずに乳に通して自分で紐を結ぶ方法に拘りたいものです。S環を使うと着物姿が安っぽくなります。

テーマ: メンズファッション | ジャンル: ファッション・ブランド

Category: 日本男子よ着物を着よう!

小倉城と桜

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P1040125左昼ブログ用 P1040151正面ブログ用 P1040142右昼ブログ用
桜と城は良く似合う。
P1040179左夜2ブログ用 P1040181中ブログ用 P1040188右夜ブログ用
夜桜 もきれい。    震災後久々のライトアップ。
P1040155ブログ用 DSC01856ブログ用 小倉城からの遠景補正版ブロ
北側から見る小倉城    城内        天守閣から見る遠景

小倉城と桜

 城とはどうしてこんなに似合うのか?城の壁が白い方が良く似合うが、熊本城みたいに黒くても良く似合う。桜が何にでも似合うのか。桜も色々あるが、枝垂れ桜よりも天に向かって伸びる桜の方がきれいである。その中でもソメイヨシノが綺麗である。
  小倉城の美しさも完璧です。四階より五階がせり出して登れないようになっていて、丁度、人間の首に当たるところが小さくなっているので全体がスマートに見えるのでしょう。名古屋城は太めだし、大阪城はケバイので、小倉城は姫路城の次に美しいのではないでしょうか。

ソメイヨシノ染井吉野学名: Cerasus ×yedoensis (Matsum.) A.V.Vassil. Somei-yoshino’)とはそれぞれ日本原産種のエドヒガン系の桜とオオシマザクラの交配で生まれたと考えられる日本産の園芸品種である。ソメイヨシノはほぼ全てローンである。日本では明治の中頃より、サクラの中で圧倒的に多く植えられた品種であり、今日では、メディアなどで「桜が開花した」というときの「桜」はソメイヨシノ(の中の、気象台が定めるなどした特定の株)を意味するなど、現代の観賞用のサクラの代表種である

 

関門海峡に面した小倉は、陸海の交通の要衝として、古くから砦や城が構えられた地でした。この地を抑えるために 繰りひろげられた、多くの豪族たちの攻防の歴史も残っています。小倉城の歴史は、戦国末期(1569年)、中国地方の毛利氏が現在の地に城を築いたことから始まります。その後、高橋鑑種(たかはし あきたね)や毛利勝信(もうり かつのぶ)が居城し、関ヶ原合戦の功労で入国した細川忠興(ほそかわ ただおき)によって、1602年に本格的に築城が始まり約七年の歳月を要しました。忠興は城下町繁栄策として、諸国の商人や職人を集めて商工業保護政策を実施。外国貿易も盛んにし、同時に祇園祭りも誕生させました。細川氏熊本転 封の後には、播磨国明石から細川家とは姻戚関係にある譜代大名の小笠原忠真(おがさわら ただざね)が、1632年に入国。小倉・小笠原藩は、将軍・徳川家光から九州諸大名監視という特命を受けていました。

 
P1040185小倉城右ブログ用  IMG本の表紙ブログ用 IMG_0001本の裏ブログ用   

               出版する本の表紙と裏
今回の着物は、茶色の大島に錦紗の羽織をあわせています。

Category: 小倉城と桜2013

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