スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: スポンサー広告

広島城と着物

クリックすれば拡大できます。
P1060097ブログ用 P1060073ブログ用 P1060080ブログ用
広島城 全体         二の丸          天守閣
P1060090ブログ用 P1060075ブログ用 P1060057ブログ用 
壁は杉の板張り          3本の矢       堀に映った天守閣
P1060088ブログ用現像天守閣 P1060085ブログ用 P1060086ブログ用
遠くに見える山は宮島 で顔の形をしている。貸衣装を着る観光客。茶室
P1060035ブログ用 P1060050ブログ用 P1060067ブログ用
二の丸

広島城と着物

日本100名城の一つで、大坂城岡山城らと共に初期近世

城郭の代表的なものである。名古屋城、岡山城と共に日本

三大平城とも言われる。平城は、それまでの防護を主目的

とした城造りから、城を権力の中心としてシンボル化しその

周りを城下町として整備し領国の政務・商業の中心地として

発展させる

毛利輝元が築城したが関ヶ原の戦いで減封され、1600

(慶長5年)福島正則が城主となり、その後浅野家が城主に

なった。江戸時代中期に書かれた『広島藩御覚書帖』で知る

ところでは、5重と3重の大小天守群以下、櫓88基が建て

られていた。1598年に毛利輝元によって創建された大天守は、

1945年に倒壊するまで現存天守の中では岡山城天守に次ぐ

古式を伝えるもので、下見板張りや最上階に高欄を持つ外観

の仕様は国宝保存法下の国宝指定(1931年)の理由の一つと

なった。

近代は軍都広島の中心施設であった。日清戦争時に、本丸に

大本営が置かれたという稀有な歴史を持っている。アメリカ

軍による広島市への原子爆弾投下の際には破壊目標地点と

なった。また天守は原爆による爆風で吹き飛ばされたのでは

なく、建物の自重により自壊したことが近年の研究で判明

している。

忠臣蔵で有名な浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)は、広島

藩浅野家の分家播州赤穂(兵庫県)五万三千石の殿様です。



P1040976ブログ用 DSC02268ブログ用切り取り

男の着物の本を出版しました。お洒落でモダンな平成の着方を

提案しています。ご購入は全国チェーンの大型書店かアマゾンで!

スポンサーサイト

テーマ: メンズファッション | ジャンル: ファッション・ブランド

Category: 広島城と着物

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。